やっぱり、書いてうさを晴らすことにする
昨日、スタッフから動画編集について声をかけられた。
内容は、私が編集した動画への指摘だった。
修正が3回かかったことについて、「自分なら2回で終わらせている」という話だった。
もちろん、細かなミスがあったことは認める。
例えば、フィラーワードをカットしたことで画面が一瞬切り替わる場面で、テロップの表示時間が合っていなかったこと。グラフィックを差し込んだところにSEがなかった点もあった。
私としては、話している言葉に合わせてテロップを表示させることを優先したが、彼はカットの中でテロップを最後まで残したいという考えだった。だらだたテロップが繋がっているのはメリハリがないと思ってしまう。編集方針の違いもあったのだと思う。今回のテンプレートは彼にあるので、彼に従うべきだった。
そのあたりは、確かに直す必要があった。
ただ、一方で思うこともある。
今回の動画はYouTube用の自社コンテンツだ。そこに必要以上の時間をかけることが、本当に会社の利益につながるのだろうか。
仕事にはどこかで「ここまで」という線引きが必要だと思っている。
もちろん品質は大切だ。でも、コストとのバランスも同じくらい大切だ。
彼は動画編集に強いこだわりを持っている。その姿勢自体はいいと思う。
ただ、そのこだわりが社内コンテンツにもそのまま求められると、少し息苦しく感じる。
私にも反省点はある。
今回は書き出した動画を最後までしっかり確認しなかった。Premiere 上だけで確認し、すぐ書き出してしまった。
編集画面では気付けない違和感も、完成した動画として見れば気付けたはずだ。
そこは完全に私のミスだった。
それでも、今回の私が編集した動画は、彼がテンプレートとして編集した動画よりも良いものになったと、私は思っている。
もちろん、それは演者のキャラクターの力が大きいことも間違いない。
それでも、編集でテンポや見せ方に工夫を加えたことで、自分なりに面白い動画に仕上げることができたという手応えはある。
振り返ってみると、私が一番引っ掛かっているのは、細かな修正点を指摘されたことではないのかもしれない。
私としては、今回の動画は彼がテンプレートとして編集した動画よりも面白いものになったという手応えがあった。
それでも、動画全体の面白さについては何も触れられず、細かな修正点だけが話題になった。
そこに、少し寂しさというか、悔しさを感じている自分がいる。
一瞬、「次からはこちらも細かくチェックしてやろうか」という気持ちも湧いた。
でも、それは結局、誰の得にもならない。
だからやらない。
今回のことで一つ学んだことがある。
書き出した動画は、必ず最後まで通して確認すること。
その一手間だけは、次から忘れないようにしようと思う。
……やっぱり、こうして書くと少し気持ちが軽くなる。
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